十数年前のことですが、根尾谷の桜を見に行ったことがある。いまだに脳のピクチャライブラリに焼きついています。根尾川に沿った一本道だから、覚悟していたとはいえ、車が進まず閉口した。
「淡墨(うすずみ)桜」という。樹齢1500年といい、長きにわたって咲き続けてきた。花は白く小さい。山腹にあり、遠目には、濃緑の画布に白くハケではいたような美しさがあった。
大正11年に特別天然記念物に指定され、その後何度も、樹勢が衰えたといわれながら、生きながらえてきた。昭和23年に「3年以内に枯死」と文部省から診断されたときは、村人は死刑宣告と受けとった。県下多くの名士がこの名木の枯死を惜しみ、淡墨桜顕彰保存会が設立された。
我々が咲き誇る「淡墨桜」を見ることができるのは、後世にこの美しさを伝えたいとする先人の賜物であり、文化という人間の営みのすばらしさでもある。